中小路健吾の雑感独言

あれから3年

「あれ、眩暈(めまい)かな?」
議場に掲げられた日の丸がかすかに揺れている。
議長席では、議長が4年の任期を終えようとしている最後の京都府議会定例会で、すべての議事を終え挨拶をされている。
目の前の理事者席に座る知事にすかさずメモが差し込まれる。
「地震?震度7?」
目が合った知事のジェスチャーがそう告げている。
3月11日14時46分。
その時は、起こったことの大きさをまだ実感することはできなかった。
本会議を終え、会派の控室に帰る。
テレビに映し出される津波の映像。正直、その時ですら、どこで何が起こっていて、これからどういった事態になっていくのかを認識することはできなかった。
ただ、とてもつもなく「まずい」ことが起こっているのではないか?
何となく、そんな感覚がしたことは今も鮮明に覚えている。
あれから3年。
奇しくも、今年は同じ3月11日に京都府議会2月定例会が閉会をした。
本会議の冒頭、東日本大震災の発災から3年を受け黙とうを行いつつ、3年前の「あの時」の記憶を呼び戻す。
あの瞬間から、この国では「非日常」が始まった。
地震と津波で失われた多くの命。被災をされた方々の避難生活。
福島での原発事故。その後、次々に起こる社会的な混乱。
あの時感じたリアルな恐怖感とこの「非日常」がいつまで続くのであろうという不安感。
もちろん、目の前にある困難な状況に立ち向かわなければならないという使命感を多くの人間が共有したことも事実である。
しかし、いつの間にか、被災地から離れて暮らす私たちには「日常」が訪れた。
「いつから」という明確な区切りをつけることはできないが、知らず知らずに「日常」が訪れていた。
それが3年という歳月なのかもしれない。
未だ被災地では26万人を超える方々が避難生活を余儀なくされている。
あの時始まった「非日常」がまだまだ続いていることを決して忘れてはならない。
3.11はまだ歴史の1ページではない。
現在進行中の出来事であることを改めて心にとどめておきたいと思う。